奇跡の運動会、イノシシ型マンションとパンクス少女、駅員たち2008/06/02 10:40



 娘が通う小学校の運動会が昨日あった。前日まで雨続きだったため、水はけの悪いグラウンドで予定どおり開催できたのは奇跡に近い、というのはいいすぎかもしれないけど、やってくれてよかった。もちろん、水たまりができているところに新しい土を入れてくださった先生方の努力もあってのこと。感謝しなければならない。
 晴れたら晴れたで暑すぎるほどで、日焼けをし、終わるとぐったりしてしまったが、このところの肌寒かった毎日から比べれば、晴天で疲れるくらいはよしとしよう。

 今朝、起きがけに見た(と思える)夢について。大阪の実家の近くを、僕はパンクスの少女と歩いていた。少女といっても二十歳くらいなのだが、その子は僕の親戚らしく(その子に見覚えはないのだが)、僕といっしょにどこかに出かけようとしている。道中、実家の近くにあるミドリ電化という大型電機店の国道171号線をはさんだ向かいに建築中のマンションが、イノシシ型でそのことが印象に残った。正面から見ると四角いマンションの上層階の左端が少し出っ張っていて、そこがなぜか、夢の中の僕にはイノシシの顔に思え、「あ、イノシシ型マンションだ」と理解したのだった。
 書きながらいま思い出したが、夢のその前のシーンでは、大学時代の同級生たちとパリを訪れていて、旅行中、小人のような同級生の一人(男だったが名前も顔も思い出せない)が敵であることを知り、僕を中心にみんなで彼を腹ばいにした体勢で電線に縛り付け、ビニールテープでぐるぐる巻きにし、その場所(パリの中の電気街。そんなところが実際にあるのかどうか。地元の人に、日本のアキハバラみたいなところだ、と教えてもらった)をあとにした。その敵である(らしい)同級生をパリのどこかに置いてきてしまったわけだから、起きてからも少しのあいだ、彼にわるいことをしたという気持ちが消えなかった。というか、パリでは電線が地中に埋められているはずだから、日本のような、頭上の電線というのは存在するのだろうか。
 まあ、いい。場面をイノシシ型マンションの前に戻そう(場面転換のタイミングまでは覚えていない)。僕とそのパンクス少女はどこかへ出かけ、僕は何かの相談(就職についてだったかもしれない)を受けていたようなのだが、どういった流れだったのか僕がパンクス少女をほめようと頭をなでたところ、パンクス少女は機嫌を損ね。僕を置いて帰ってしまった。  そのあと、夢がどこまで続いたのか定かでないが、なんとなく後味のすっきりしない、理不尽な夢だった。パンクス少女の髪をなでた、僕がよくなかったのか。

 写真は今朝、下北沢西口の井の頭線の線路を渡ってすぐのところで撮ったもの。吉祥寺よりのホームの端に駅員さんたちが何人も集まり、いったい何の相談をしていたのだろう。「集合する駅員」に意外性を感じ、心を奪われ、持っていた携帯電話をジーンズの後ろポケットから取り出し、側面のボタンを押して撮影モードにし、駅員さんと目が合ったらいやだなと思いながら、とっさに撮影した。


慶應子供空手と狭小野球2008/06/03 17:20



 昨日(今朝というべきか)見たのはこんな夢だ。
 慶應義塾子供空手教室を始めたと夢の中で知った私は、ああ、早稲田に続いて慶應もやりはじめたのか、などと納得している(現実の世界では、どちらも子供空手教室はおそらくなっていないと思う)。子供空手の道場、つまり、実際に子供たちが空手を教わっている場を私は見学させてもらった。
 しばらくすると、私は野球をしていた。右打席に立った私は、背後に壁があり、打ちにくいな、イヤだなと感じる。その後、左で打ってみようと打席を移ると、背中のすぐ後ろ(右打席のときより間近)に襖(ふすま)があり、バットを振ると襖に当たってしまうので思いきり、スイングすることができない。
 弱ったなぁと思う間もなく、投手は5メートルくらいの距離から全力で投げてきて、しかもものすごく落差の大きい球なので(フォークボールか、あるいはチェンジアップが落ちる球に見えたのかもしれない)、こっちは襖にバットが当たることも気にしながら振っているし、バットにかすりもしない。そして次の球は、至近距離からの豪速球に振り遅れる。
 そこまでだった。2ストライク・ノーボールと私が追い込まれた場面で、夢から醒めた。相手投手の顔を覚えていないのに、ピンポン球を投げたときのような、キレ味の鋭い(鋭角的に曲がる)変化球は私の脳裏に鮮明に焼き付いている。


agehaとアゲハ2008/06/04 12:21


 週刊現代の高橋源一郎さんの連載を読んだら、「なんとかageha」とかいう雑誌のことにふれられていた。キャバクラ嬢みたいな人たちが出ていると書いてあったのか、キャバクラ嬢のような人たちのための雑誌と高橋さんは紹介していたのかは忘れたけど(手元に週刊現代がない状態でこの文章を書いています)は、とにかく「なんとかageha」という雑誌の中では、40kg(くらい)までダイエットできました、みたいなことが話題になっているということだった。
 と、「みたいな」ばかりのあいまいな文章になって申しわけないのですが、その連載を読んだ直後、小学校から帰ってきた娘に、「アゲハ蝶」を隣の席のNくんといっしょに教室で育てることになったの、と言われてびっくり。あげはつながり、じゃないですか。だからどうってことはないんですけど、「あげは」つながりのシンクロニシティな昨日でした。


ラスト・カラテ2008/06/05 05:48


 タイトルを「ラスト・カラテ」としたが、「最後の空手家」とか「空手は死んだ」とか「空手はすでに終わっている」とかそんな話ではまったくなく、5週連続の親子空手教室は昨日で最終回だった。
 それで空手は身についたかというと、全然そんなことはなく、さわりだけ教えてもらったという感じだけど、それでも十分におもしろかった。柔軟性を高めたいと思ったし、体を動かすことはやっぱり楽しいと再確認できたのがよかった。
 左足を蹴り上げて、その蹴り上げた足を振り下ろした際に、右足でできるだけ高くキックするという動き(単純に「跳び蹴り」といえばいいのか)を、小学生のころに友達の影響でよくやったが、またその動きを急にやりたくなり、挑戦してみた。昔は自分の頭よりも10センチ以上上まで足が上がったのに、頭よりも上までつま先が上がらなかった。小学生のころは、木の下で跳び蹴りをして、葉っぱを蹴る、というのを友達とよくやった。「大倉、この葉っぱ、蹴れるか」なんて言われて。よし、体を少しでもやわらかくして、またやるぞー、跳び蹴り練習。って、バカな大人ですね、私は。
 小学生のときのあの跳び蹴り、ブルース・リーの影響だったのかな。というより、ブルース・リーに傾倒していた川野くんの影響だったような(そやそや。そうやったはず)。

 空手教室の会場となった小学校では、鯉のような大きめの金魚(息子は「金魚、金魚」といっていたけど、ほんとに金魚かな)が水の中をあっちへこっちへ移動し、僕たちが近づくと寄ってきているのかなと思ったけど、しばらく見ていたらその逆で、僕が写真を撮ろうとすると離れていくのだった。こう書きながら、魚に(植物にも、だけど)詳しくなりたいなと思う私です。


手つなぎ鬼の照れくささ2008/06/09 11:51



 昨日のことだ。少年野球の朝練のあと、小学生低学年の子たちと鬼ごっこをした。途中から、手つなぎ鬼という遊びに変わり、これは鬼につかまった人は鬼になって、鬼と手をつなぐというもので、つまり、鬼と手をつないでいる人がどんどん増えていき、最後はだれとも手をつないでいない人が、その子だけまだ鬼につかまっていないということで、みんなに追いかけられるというゾンビ・ゲームみたいなもの(ゾンビ・ゲームってあったっけ)。  その2ゲーム目くらいだったか、僕はAさんにつかまり、Aさんと手をつないだのだが、それが照れくさくて。Aさんは少年野球チームのスタッフで大人の男性なのだが、大人の男どうしで手をつなぐことなんて、ふだんまったくないからか、なんだか恥ずかしかった。Aさんもたぶんそう思ったのだろう。「Nちゃん、真ん中に入って」と小学2年生の男の子に声をかけて、Nちゃんをはさんで、端からAさん、Nちゃん、僕という順番で手をつなぐことなり、ホッとした。いやぁ、なんなんでしょう、大人の男どうしで手をつなぐって、ほんと恥ずかしいもんですね。って、そんなことじたい、考えたこともなかったのだけど。
 Aさんの肉厚の手の大きさと金色の結婚指輪が記憶に残ってしまった。

 写真は手つなぎ鬼とはまったく関係なく、用事で訪れた某大学のキャンパスで見かけた猫。