オムニコートの国民性2008/05/03 06:52



 このところ、あまりテレビを見ていなかったのだが、昨日の朝、伊達公子選手の試合の模様が知りたく、妻がスイッチをオンにした。今回の岐阜の大会で復帰した伊達さんは現在、クルム伊達公子選手という名で登録している。
 登録名はさておき、伊達さんは日本に多いオムニコートについて記者会見で語っていたそうだ。「日本でがんばっていても、世界で通用しない」といった内容だったという。これは妻づてに聞いたことなので、言い回しは違っているかもしれないが、だいたいこういことのようだ。
 日本には、(フェルトのような)カーペットに砂を撒いたようなオムニコートが多いが、世界にはそんなコートはない。ほとんどが硬いハードコートだったり、土のクレーコート、またはウインブルドンのよなグラス(芝)もある。オムニコートというサーフェスは海外にはない。だから、日本で育ってオムニコートで練習や試合を重ねて強くなっても世界では通用しない。そういう話のようだった。
 グランドスラムの四大大会は、ひとつの年に行われる順番でいうと、全豪(ハードコート)、全仏(クレーコート)、全英(芝コート)、全米(ハードコート)である。
 伊達さんの復帰には、日本国内のコートを、世界と同じ表面素材に変えてほしい、という訴えるためでもあるのだろう。
 趣味でテニスをする僕も、数種類のサーフェスでテニスをやったことがある。オムニコートといえば、思い出すのは二子玉川にある健保グランド。もう十年以上前のことになるかもしれないが、何人かでよくテニスをしていた。
 あいまいな記憶をたどればあの当時、新しいタイプのサーフェスとして、オムニコートは持てはやされ始めたような気がする。砂を表面に撒いているため、ピタッと止まりやすいコートよりもすべりやすいので膝にやさしく、だから足腰にやさしい、とその特長が施設のパンフレットなどにうたわれていた。
 しかし、昨日のテレビで進行役の男性が話していたのは、そういった長所ではなかった。砂が撒かれているので、サーブもストロークも球速が弱まり、そのため打ち合いが続き、つまりストローク戦となりやすく、走る距離も長くなり、勝負に時間がかかって体力を消耗しやすい。復帰したばかりの37歳の伊達選手は、足がずっと動くか、そのことを心配していると伝えていた。
 テレビを消したあと、僕と妻は自分たちが使用したことのあるコートのうち、どこかハードコートで、どこがオムニコートだったかを思い出して話した。不思議なもので、いや僕が影響をされやすいだけかもしれないけれど、ハードコートを持つところは良いテニス施設に思えてきた。
 伊達さんの発言がきっかけで、日本全体のテニス施設の「コートのサーフェス改革」につながっていけばいい。オムニコートを何面も持っている施設の経営者たちは、「余計なこと言いやがって」と腹立たしく思っているかもしれないが、世界と同じ条件になるのはわるいことではないはずだ。テニスでも、世界の上位に達する選手はもっと出てきてほしい。
 そもそも、オムニコートがつくられた理由、日本で広まった理由はなんなのか。安全性なのか、膝への負担が少ないからある程度の年齢の人にもテニスをしやすいためか、あるいは手入れのしやすさということがあるのか。考えかけたら、テニスだけのことではないと思った。日本は国土が狭く、人口が多く、住宅が密集している地域が多いからか、軟式テニス、軟式野球など、元々のスポーツを危なくないようにする改良するのが得意な国なのではないか。
 工夫が上手という言い方もできるが、世界基準と異なる日本的スポーツや日本的ルールを作ってしまうため、世界との距離がなかなか縮まらないという側面もあるだろう。なんなんだ、この民族性って。鎖国をしていた国だからか。ひとつの国だけでしか使えない言葉を公用語として使っている国だから、外(外国)の目をあまり気にしないのだろうか。