「こびと目撃」とカネの話2009/01/16 10:46


 今度は朝食時、息子がしょうゆを入れた皿を指差して、「おとうちゃん、こびと」と言いだした。

 え? と首をかしげていると、皿を180度回転させた。その後、息子の説明を受けながら、iPhoneで皿を撮影した。

 息子が「お顔」という部分に、目を描いてみた。フキダシは僕がいいかげんにつけたものだけど、海苔をつけようと皿にさしたしょうゆを顔に見立てるとは、意表をつかれた。

 まあ、ええわ。朝から楽しませてもらった。


 あ、

 ディス・イズ・ア・ディッシュ(This is a dish.)

 しょうもないの、思いついてしもた。書かんほうがよかったかな。



 きょうはもうひとつ書いておく。

 一昨日、週刊現代で連載している高橋源一郎さんの「おじさんが白馬に乗って」を読むと、西原理恵子さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』という本が取り上げられていた。それがかなりおもしろそうだったので、さっそく下北沢の三省堂書店で買って読んでみた。
 本屋に行く前にどこから出ているのだろうと思い、「西原理恵子 カネ」で検索してみると、すぐにわかった。理論社の「よりみち!パンセ」というシリーズから出ている1冊だった。このシリーズは、宮沢章夫さんの『演劇は道具だ』、小熊英二さんの『日本という国』、森達也さんの『いのちの食べかた』など何冊か読んだことがあり、(僕が読んだものについては)ハズレがない。中学生以上の人ならわかるように書かかれてシリーズで、その姿勢もユニークで評価できる(というか、僕にもわかる内容ということだ)。
 西原さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』は当たりだったか、ハズレだったか。結論からいうと、おもしろかった。では、どうおもしろかったかというと、う〜ん、ひとことではいえないが(ひとことでいえるはずがないが)、西原さんは高知での貧乏時代、実父の死、母の再婚と引っ越し、ケンカの絶えない両親、高校退学、養父の自殺、高知からの脱出、上京・・・と自身のこれまでの道のりを語りながら、貧乏のこわさにふれ、おカネがすべてではないが、おカネがあることで争わずに済んだり、病院にかかることができたり、いろいろ解決することがあることなどを語っている。いや、それだとこの本の一面しか伝えていないな。
 なんだろう。おカネそのもののことを伝えながら、働くことの大切さ(楽して稼ごう、といったこととはまったく違う)が書かれているからかな、僕の心に響いたのは。

 まだ読み終わったばかりで自分のなかで整理できていないからかもしれないけど、読後感がよかった。僕は、よっしゃ、やったるでという気持ちになった。
 まあ、うちもおカネが十分にあるわけではないけど、最下位から戦ってきたと語る西原さんのことを考えれば、僕の苦労なんて苦労にうちに入らんわな、という気になった。ガハハハハ。「最下位による、最下位の戦い方」という、いい言葉にも出会った。

 西原さんは、高知の血なのか、最後は笑いに持っていきたくなってしまう、みたいなことも書いている。僕はふと、「人生とは大きな冗談である」という言葉を思いついた。って、何いってるのかわかんない感じになってきたので、もう少しでやめにする。

 西原理恵子さんには一度だけお会いしたことがある。内田春菊さん主催の水族館ツアーに西原さんも来ていて、いっしょに九十九里まで行った。そして新宿だか池袋で団体バスを降りた後、マンガ家のタナカカツキ、ロビン西などとどこかの居酒屋に入った。
 あのとき、何を話したかほとんど覚えていないが、西原さんはお酒に強く、ニコニコしながらカブカブ飲んでいたのを記憶している。「こちらが『ちくろ幼稚園』の西原理恵子さん」と誰かが紹介してくれたように思うので、ヤンサン(少年ヤングサンデー)でデビューしてから数年の頃だったのだろう。

 西原さんにならって、豪快にGo! という気分です、いま。


text and photo:yasuhiro ohkura